英語のこと

算数の話題(割合、単位当たりの量)を終えて、満を持して理科に戻るか、というところなのですが。
そもそも、割合とか確認しておかなきゃなって思ったのは、理科の話題を進めるのにどうしても必要だからだったわけで。

でも、ちょっと飽きてきました。
理科や算数の話題ばかり続くとね。学校の授業でもそうですが、疲れますよね。

そんなわけで今回は英語のことを話したいな、という気分。

学校の教科としての英語、なかなか微妙な立ち位置です。
よく言われる通り、正直、学校の英語の授業を受けていても英語が出来るようになるとはちょっと思えません。
これは英語に限らず、国語でも数学でも理科・社会でも、全部自分が興味を持って勉強する時間(国語は本を読む時間)がないとできるようにはならないのですけどね。

ただ、他の科目と英語との違いは、環境です。
国語、つまり日本語に関して言えば、図書館に行けば読める本がいくらでもあります。
まわりにいる人々とのコミュニケーションは基本的に日本語ですから、日本語を読んだり聞いたりする機会は豊富にあるわけですね。
書く方は、きっと昔と比べたら手紙なんかも書かなくなって、日本人全体として書く能力が衰えていることと思われますが、それでも大人として、小学生くらいの子が書いた手紙やメモで字の間違いやおかしな言葉遣いがあれば指摘し、正しい字や言葉遣いを教えてあげますよね。
それはもちろん話すときも同じで、子どもがなにか不自然な言葉遣いをしていたら直してあげるわけです。
つい先ほども、私の小3の娘が「レピシ」と言っていたので、「レシピ」だよ、と教えたところ。
実際に教えてあげるかどうかはもちろん人によるのでしょうけど。

なんにしてもここが、日本における日本語と英語との学習環境の差なのです。
日本国内では、どう頑張っても英語の学習のために日本語と同じような環境を用意してあげられない。
英語の本や映像・音楽はインターネットのおかげで昔よりは格段に手に入りやすくなって、英語を読んだり聞いたりする機会は増えているのですが、自分が書いたり話したりした、自分なりの英語を正しく訂正してくれる人が身近いないのですね。

英会話教室などに通ってもなかなか上達しない、という経験をしたことがある方もいらっしゃると思いますが、根本的な原因は同じでしょう。
逆に、数週間でもアメリカに行って無理にでも英会話をしていれば、なんだかんだ英語がわかるようになって生活はできている、といった話もよく聞きます。

結局のところ、一人で英語を自由に書いたり話したりしたとしても、それが正しいのかどうかわからない。
もちろん学校の先生などに聞けばいいんですが、それができるタイミングは限られています。
そのような環境では、上達にも興味にも制限がかけられてしまい、自発的に学習しようともなかなか思えないでしょう。
少なくとも私が中学・高校のころ英語の勉強が今一つ進まなかったのは、こんなことが原因だったのだろうと思います。
もちろん当時からこんな風に言語化できていたわけではありませんが。

英語の学習に関して、文科省としては4技能-話す・聞く・読む・書く-の向上を目標とする、というようなことを言っています。
しかし、上に言った通りで、特に「話す」に関しては日本の学校の環境では向上をねらうのは難しいでしょう。
さて、では、学習塾としては英語に関してどのような指導をしたらいいのか?
これについては昔非常に悩んだ結果として、私なりの結論を出しました。

一番必要なのは読むことなんです。

たぶん、現代の教育業界の方向性とは違うので、意外に感じる方もいるかもしれませんね。
※現代の教育業界の方向性は、上にも書いた文科省のいう4技能の向上を受けて、スマホやタブレットで話す・聞くの練習ができるようなシステムを備える、というもの※

そもそも中学生・高校生が英語をいつ使うのか、という観点で考えましょう。
現代社会はインターネットの発達のおかげで、本当に英語に触れる機会が多くなりました。
それでも、先ほど言った通りで、話す機会なんてほとんどないんですよ。
一方で、youtubeはじめ、各種動画配信サービス。
見ますよね?特に子供たち。みんな、暇さえあればyoutubeですよ。
英語で配信されている動画もすごくたくさんあります。聞き取れるならそれはもちろんいいことです。
しかし、現在、大抵の動画には字幕が付いています。
これが読めれば、聞き取る必要なんてありません。
動画内で話している人だってもごもごしていたり、訛っていたりして聞き取れないってこともありますし。
それに、steamなど、ゲームやアプリ配信サービス。
こちらも英語中心の世界です。
日本語版のないゲーム、アプリはたくさんありますが、英語版がないものはほとんどないと言っていいでしょう。
ゲーム、アプリでは動画以上に英語を読み取る必要がありますよね。

もう少し成長してからのことも想像してみます。
大学ではどんな風に英語を使うのか?
これがもう、圧倒的に読みです。
論文を含む各種文献、基本的に英語です。教科書も英語、ということもあるでしょう。
※もちろん、仏文科とか、中国文化専攻とかだったら違うでしょうけど。※

国際的な学会で発表する、ということになれば、論文は英語で書いて提出、発表も質疑応答も英語で、ってことになりますが、そのレベルまで行けるような人々は、英語が出来なくて悩む、ということ自体のレベルも違うことでしょう。

とりあえず、大学時代を平和に乗り越えようと思ったら、英語に関してはまず読めることが一番大事!

さて、仕事ではどうでしょう。
私の立場では、英語の授業をするとき、というのは抜いて考えると、必要な英語力のほぼ95%は読みです。残り5%が書きで、聞く・話すは小数点未満。
どんなとき英語を使っているかというと、一つにはコンピューター関連。
現在、どんな職場でも事務作業でパソコンを使わないことはまずないでしょう。
コンピューター、インターネットがアメリカ発祥だということもあってか、IT関連の用語やプログラミング言語は英語ベースであることが多く、したがってコンピューター関連で困ったとき、インターネットで調べると最終的には英語のwebサイトにたどり着くことがよくあります。
こういうとき、英語が読めると作業がはかどりますよね。
※Google翻訳とかできますが、まだおかしな日本語になることが多いように思います。だんだん問題なくなるとは思いますが※
それと、実際にそういうサイトを管理している方に直接質問したいこともあります。
いちばん現実的な方法って、メールかメッセージアプリですよね。
ひと昔前は電話するしかなかったかもしれませんが、現在ではとりあえずメッセージを送るってことができる。
英語で書けば英語で返事してくれます。
また、海外からパーツとか楽器関連のものを買いたいときも、電話する必要はなく、webサイトの英語さえ読めれば簡単に注文できます。
※まあ、別に英語のサイトを使う必要性はないです。日本語のサイトでも事足ります。
でもそれを言っちゃうと、英語の勉強自体別にいらないよね、という結論にしかならないので・・・
英語は勉強するものとして、何からどんな風にやるのがいいか、方向性を模索しよう、というつもりで話を進めています※

仕事のことはおいておきますか。結婚とか、出産、子育て、子どもの巣立ち、そして退職・・・。
どんな場面でも、英語を読めるに越したことはないですが、英会話の必然性はそれほどなさそうですね。
いや、アメリカ・イギリス・オーストラリアに住むならもちろんいるけど。世界には中国、インドネシア、ノルウェーなどなど、英語はそんなに通じない国もたくさんありますからね。
英語が話せりゃいいってものでもない。
英語で勝負、と決める=英語圏しかムリ、という見方も可能です。

こんな風に考えると、現代日本社会では英語を聞いたり話したりする必要性は低そうです。※人によることは重々承知の上で言っていますが、周りを見回して、日本語がわからず、英語なら通じるという人がいるか、という話です※
既に言ったとおり、日本国内の状況として、英語が母語である人には大して出会わないのです。
そういう方に実際に日常的にコミュニケーションをとる相手として出会う場合は、必要に応じて聞き、話すことができるようになるはず。
英語を勉強するならまず読めるようにすること、多くの人にとってはそれで充分。

以上が私なりの結論「読むこと重視」の根拠です。

従いまして、博遊堂としても英語の授業は読み中心です。
もちろん、英文を読み聞かせるときは発音やアクセントに注意していますし、読んでもらうときもアドバイスはします。
それほど重視していない、とうことです。
また、音読は必ずしてもらっています。自分で発音したことがある単語は聞き取れるという語学学習の経験則がありますので。
音読をしっかりしていると、少しづつスニングもできるようになっていきます。

それに、大学受験時の共通テストの英語では、最初から最後まで長文です。
※以前のセンター試験では発音、アクセントの問題、文法問題、並べ替え問題なんかもありましたが、共通テストではそういったいわゆる知識問題は消え、文章を読んで理解することのみ求められています※
だから、読み重視、というのは大学受験に向けても理にかなっている、と言えるでしょう。

さて、長くなったので今回はこの辺で。
次から、では英語の長文をどう読めばいいのか?というテーマで数回お話したいと思います。
ここまでありがとうございました!